市川房枝(1893〜1981)
愛知県出身。教員、新聞記者をへて上京、 大日本労働総同盟友愛会婦人部書記となる。1919年新婦人協会、1924年婦人参政権獲得期成同盟会を結成、婦人参政権運動を展開する。「婦選は鍵なり」の標語をよく用い、婦人参政権が、平等で平和な社会を築く手がかり「鍵」であると唱えた。
1945年、参政権実現後も女性の地位向上、選挙と政治の浄化運動を推進した。
理想選挙で参議院議員(純無所属)当選5回。1975年の国際婦人年には全国組織の女性団体に呼びかけ、女性問題解決に向けて連帯と行動の基礎を築いた。「平等なくして平和なし、平和なくして平等なし」の言葉を残し、87歳9カ月の生涯を全うした。