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活動報告

2017年度

◎女性展望カフェ「李香蘭に学ぶ昭和史」(9.29)詳しく読む
◎連続講座「分断進む世界と日本社会を考える」⑥トランプ時代の新世界秩序(9.14)詳しく読む

◎連続講座「分断進む世界と日本社会を考える」⑤分断される世界と女性(8.26)詳しく読む

◎女性展望カフェ「語るシリーズ」③ドキュメンタリー映画「日本再生」とトーク(7.28)詳しく読む
◎連続講座「分断進む世界と日本社会を考える」④難民問題の現実と理想主義の世界(7.8)詳しく読む

◎ジェンダー平等サロン①「逆風に抗して 女性運動と国会―わたしの体験」(7.12)詳しく読む

◎連続講座「分断進む世界と日本社会を考える」③東アジア情勢の安定に日本ができること(6.17)詳しく読む

◎女性展望カフェ「語るシリーズ」②友 田部井淳子を語る(6.15)詳しく読む

◎連続講座「分断進む世界と日本社会を考える」②日本国憲法の立憲主義(5.13)詳しく読む

◎女性展望カフェ「語るシリーズ」①祖父 尾崎行雄、祖母 尾崎英子テオドラ、母 相馬雪香の教え(4.17)詳しく読む

◎連続講座「分断進む世界と日本社会を考える」①市民目線で考える戦争と平和~トランプ政権・安全法制と日本(4.8)詳しく読む

 

 

 

 

 

 

 


女性展望カフェ「李香蘭に学ぶ昭和史」(9.29)

講師の藤原作弥さんは元時事通信解説委員長。旧満州で幼少期を過ごし、1984年、45歳の時に『満州、少国民の戦記』を刊行した。その際、1945年8月14日に旧満州興安総省の葛根廟で日本人の女性や子ども、お年寄り約1200人が侵攻してきたソ連軍の一斉砲撃で虐殺された事件を知った。当時8歳の藤原氏も同じ町に住み、8月10日偶然一足先に脱出して難を免れたとして、この昭和史から日本の歩むべき道を学び、悲劇を語り継ぐ決意をしたという。
満州での体験や記者として米国駐在の経験もあることから、藤原さんは参議院議員山口淑子(李香蘭)から自伝執筆の協力を求められ、1987年『李香蘭私の半生』の共著者となった。山口淑子(本名)は1920年旧満州撫順に生まれた、女優「李香蘭」の芸名で一世を風靡した。類まれな美貌と美声に恵まれたが故に軍部に利用され、流転の人生を送った。日本人でありながら中国人と偽り、日本人でありながら国策の満映に使われ、二つの国の狭間で生きた「昭和史の申し子」だと評した。
敗戦後、漢奸罪に問われ、死刑判決の推測記事が出たが、戸籍謄本により日本人であることが証明されて無罪・国外退去となり、1946年4月帰国。女優として再デビュー後、1950年渡米し、女優として活躍しながら進歩的アメリカ人と交流、イサム・ノグチと結婚、離婚、帰国。1958年映画界より引退し、外交官と結婚。ワイドショー司会者などを経て1974年参院議員。自民党田中派の所属だったがリベラルで、彼女ほどタレント風を吹かさないで真面目な議員活動をした人はいなかった。老人問題や離島問題、動物愛護法、またパレスチナやアジア・アフリカなど弱い国の人々と交流した。また慰安婦問題ではアジア女性基金に関わり、当時考えられるだけのことをしたが、その後の動きに心を痛め、何とかしなければと語っていたと言う。
大杉栄らを虐殺した甘粕正彦元憲兵大尉(当時満映理事長)らとのエピソードを交えた昭和史の話は多岐にわたった。日本は軍国主義で失敗し、戦後は経済大国をめざしたが失敗した。大国ではなく、生活文化立国をめざせばよいと結んだ。
奇しくも3周忌にあたる9月。コーヒーブレイクの間、往年の美声「夜来香」「何日君再来」をCDで聴いた。

連続講座「分断進む世界と日本社会を考える」⑥

トランプ時代の新世界秩序(9.14)

三浦瑠麗さんは国際政治が専門で、東京大学政策ビジョン研究センター講師を務める。
 2016年はアメリカのトランプ大統領誕生、イギリスのEU離脱国民投票と変動の年だったが、それは2017年も続いており、ヨーロッパ主要国の選挙では右派が強くなるのではないかとも言われている。
グローバリゼーションとは「ヒト・モノ・カネ・情報の移動が大幅に自由化されること」と定義づけられる。地球規模で動くグローバル化によって、世界に様々な変化が起こったが、先進国では中産階級の地盤沈下が生じ、グローバル化への反発を招いた。一方新興国にとってグローバル化は発展する権利であり、先進国がその権利を奪うことはできない。
続いて2016年アメリカ大統領選についての解説と分析を、現地でのインタビューなどをふまえて行った。民主党ヒラリー優勢の大方の見方を覆して、共和党トランプが勝利したのは何故かと4つの躍進戦略を挙げる。90年代以降の社会政策と経済政策を切り離し、白人中産階級を利する中道の経済政策を売り込むこと。中産階級の下り坂への不安を、反移民言説でより下層カーストの存在を提示することによって和らげること等々である。本来リベラルであるはずの黒人運動や労働組合の人々の票も、リベラルなヒラリーではなくトランプに流れたという。
選挙中からのトランプの外交政策の特徴は、先ず冷戦後4半世紀のアメリカの外交政策への痛烈な批判である。トランプの言う中長期的な国益に対する脅威は、イスラム過激主義によるテロの脅威であり、中国の経済力に対する脅威である。TPPからの離脱、メキシコ国境との間の「壁」建設、イスラム7カ国からの渡航禁止令等々、トランプ政権初動の過激な発言は、「衝撃と畏怖」戦略―衝撃を与え息がつけない間に次々と攻撃する軍事戦略に似ているとした。また、ドラッグ対策、不法移民規制など1つひとつは地味な政策をリンクさせることで、トップニュースに引き上げるなど報道を操ることもトランプの戦略だと述べた。
トランプ政権は日本との間でまだ対立は起きていないが、米韓FTA見直しの動きなど、旧来からの同盟国にも圧力をかける政権であると指摘。二極でも単極でもなく3カ国以上の多極の時代は勢力均衡が特徴であり、皆が勢力のバランスを維持しようとし、その様相は地域によって異なる。不均衡を拡大させようとする北朝鮮のような国がいると、韓国や日本が手を携えてアメリカを引き入れようとするが、アメリカは軍事覇権を低下させる時代に入り、それが今後の東アジアの特殊性かもしれないと結んだ。

連続講座分断進む世界と日本社会を考える」⑤

分断される世界と女性(8.26)

林陽子さんは弁護士で、女性に対する暴力や差別の問題に取り組んできた。2006年より国連女性差別撤廃委員会委員、15~17年同委員会委員長を務めた。「国連婦人の10年」(1976~85年)で掲げられた「平等・開発・平和」の課題について、世界的な女性の状況を報告した。
まず「平等」については、女性差別撤廃条約採択以降、女性の権利は進歩と後退の両面が見られたとした。現在、国内で格差が広がっているが、これは国家の政策によって生じたものであり、「政治の後退現象」であるとイタリアの研究者の言を紹介。その結果、政治の素人である資本主義エリートが台頭し、これはまさに今フランスで起こっている現象だが、女性の権利運動に与える影響も見過ごせないと述べた。
「開発」では、ミレニアム開発目標(MDGs 2000~2015年)の中で最も達成できなかったのは妊産婦死亡率の削減だった。そして新たな持続可能な開発目標(SDGs 2015~2030)には、従来の南北格差だけでなく各国内での格差を問題だとする視点や、日本のODAを中心に、地球上の全ての人が健康保険にアクセスできるように取り組むユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(万人のための医療制度)が含まれていると語った。
「平和」では、ジェンダーに基づく迫害を難民申請の理由とする提言を女性差別撤廃委員会が行ったことや、「女性・平和・安全保障に関する国連安保理決議第1325号」(2000年)が採択され、日本では15年にこれを履行するための国内行動計画が策定されたと述べた。また国境を超えて「平和への脅威」が増し、世界中でODAの12倍の金が軍事費に充てられている現在、女性たちがこれにどう立ち向かっていくかが大きな課題だとした。
最後は、日本の政治に何が必要か(何のために女性議員を増やすのか)、どのような制度・仕組みが必要か。法案や予算案のジェンダー・インパクト検証のため国会にジェンダー平等委員会を常設する、行政・政府から独立した国内人権委員会を設置する、最高裁への上告理由に「条約違反」を入れる、ほかの提言を語った。

【詳細は「女性展望」11-12月号掲載予定】

女性展望カフェ「語るシリーズ」③

ドキュメンタリー映画「日本再生」とトーク(7.28)

映画「日本と再生」(2017)を観た後、同映画監督の河合弘之弁護士から「日本のエネルギー政策の転換へ」と題した話を聞いた。
「お天気任せ、風任せ」だから自然エネルギーは当てにならないというデマを払拭し、自然エネルギーのコストは安くなっていること、世界中が自然エネルギーに向いていることを知らせるために、3作目の映画を製作した。ドイツ、デンマーク、アイスランド、アメリカ、アフリカ他、世界各地の自然エネルギーの現場をまわってそれらを実証し、今や自然エネルギーの設備投資75%に対し原発は5%であり、福島第一原発事故から最も多くの教訓を学んだのはドイツと中国であることを日本の経済人と政治家にわかってほしいと語った。
また太陽・風・地熱・バイオマスほか資源大国の日本でそれを活用して発展しないのは、経済ベースに合わないようにハードルを上げた政策障害があるためだと指摘。全国各地の自然エネルギーこそ国家戦略特区とすべきだと述べた。同時に、原発再稼働への動きを止めないとふるさとを失うと警鐘を鳴らし、そのためにも映画の自主上映会を各地で行ってほしいと訴えた。

連続講座「分断進む世界と日本社会を考える」④

難民問題の現実と理想主義の世界(7.8)

講師の墓田桂さんは国際公法専攻で成蹊大学教授。「国内避難民の国際的保護」で博士号をとった。2013~15年は法務省難民審査参与員を務めた。
これまで難民問題は人道問題として議論されてきたが、今や政治・外交問題になっている。2015年末現在、世界の難民の数は1548万人、パレスチナ難民500万人を合わせると2000万人を数え、これに国内避難民4080万人(推定)を加えるとイタリアの人口に匹敵する6000万人にのぼる。
これはイスラム圏の混乱により発生したもので、難民の多くが先進工業国で、地理的・歴史的な繋がりのあるヨーロッパを目指した。密航船で移動中に地中海で溺死するなどの惨劇は人道的なEU内で共感をよび、各国が難民受入れを進めた。しかし難民を装って入国後に起こしたテロ事件などによりEU統合の将来を占うような動きにまで発展し、米国でもトランプ政権のイスラム圏からの入国停止など、欧米が直面する難民問題の現状を解説した。
難民の認定は「難民条約」(1951年。日本は81年加盟)に則って行われるが、2016年の日本での難民申請者は10,901人、このうち難民と認定されたのはわずか28人(0.26%)、「人道配慮」での対処97人(0.89%)である。日本が「閉鎖的」と批判される所以だが、認定率が低い背景には難民性の低い申請者が多い現状がある、と法務省の参与員の経験から指摘した。
難民を受け入れるという美しい側面とは逆の醜い側面には、社会・国家の安全保障がある。難民がもたらす負の影響には戦争犯罪者の混入、テロの危険の増大などの治安の悪化、政治の複雑化、財政や行政への負担等々が考えられる。人道主義と現実主義の間のジレンマ、「国家が難民をいかに保護するか」から「難民から国家をいかに保護するか」へと多面的に見ることが必要であり、理想だけでは語れないのが難民問題だと語った。

ジェンダー平等サロン①

逆風に抗して 女性運動と国会―わたしの体験(7.12)

講師は、元土井たか子衆議院議員秘書でアジアの女たちの会創立メンバーの五島昌子さん。出会い(1963年)から土井が亡くなる(2014年)までのほぼ半世紀にわたる国会の内外での活動の、当事者でしか知り得ない裏話が語られ、約30名の参加者は男性中心の政治世界で憲法護持、ジェンダー平等を追い求めた女性議員と女性秘書の堅い絆に感銘を受けた。

土井は1969年衆議院で成田知巳社会党委員長の強い要請を受け立候補・初当選を果たす。この選挙で社会党は議席を50名ほど激減させ、土井は90名の最後の当選者だった。美濃部都政を支えるため市川房枝らのたちあげた明るい革新都政をつくる会で働いていた五島は、土井から秘書を懇請され、つくる会代表委員の中野好夫に説得された。

五島の母は、戦前無産運動に身を投じ、戦後は社会党女性局の創設や砂川事件などの市民運動で活躍した渡邊道子である。五島も秘書業と同時に外務省機密漏洩事件(1971年)で逮捕された蓮見喜久子さんを守るおんなたちの会や、70年代~80年代に盛んになった中国帰国子女が直面した問題から父系主義の国籍法改正などを土井と共に闘った。当時、超党派の女性議員懇談会を束ねていた市川は、そうした運動に全面的に協力。内閣解散・総選挙になると必ず土井の議員室を訪れ、「あんたは弁が立つから」「必ず帰っておいでよ」と激励し、カンパをくれた、という。

土井は長期低落傾向にあった社会党の党首として党の起死回生を図り、1989年参院選では多数の土井チルドレンを誕生させ労働組合依存型の党組織を市民派へ脱皮させた。しかし91年統一地方選挙の敗北をうけ党首の座を田辺誠に交代した党大会で、そうした実績への評価はなかった。その後も土井は、1993年成立の細川内閣で、「党からの閣僚を出す」ため衆議院議長就任を説得され、また社民党に改称した党の長に再度就任を余儀なくされた。そこから見えてくることは、党利・党略の権力闘争に終始する男性政治の渦中で、「ダメなものはダメ」と政治家としての一線を外さず、「やるっきゃない」と男性の失政の助太刀に挑んだ潔い女性議員とそれを支え続けた女性秘書の逞しい姿である。

連続講座「分断進む世界と日本社会を考える」③

東アジア情勢の安定に日本ができること(6.17)

講師の岡本厚さんは1996年から2012年まで、雑誌『世界』の編集長を務め、現在は岩波書店社長である。
『世界』の大きなテーマの1つに「東アジアとの和解」があり、岡本さん自身も金大中大統領へのインタビューや平壌訪問等を経験してきたと語る。明治維新後いち早く近代化した日本は、中国・朝鮮などを遅れたものとして優越意識を持ち、隣国朝鮮を植民地化した。朝鮮半島北部とは100年以上も「不正常な関係」だと歴史を振り返る。
45年以降の米ソ「冷戦」時代、東アジアは中国内戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争等々「熱戦」の時代であったが、日本はアジアと対立してもアメリカとの同盟を選択するという方向を選んだ。80年代から東アジアは戦火も消えて安定の時代に入り、韓国の民主化の中から噴出してきたのが慰安婦問題等植民地化時代の歴史認識であり、韓国の反日は民族のアイデンティティそのものなのだと断言した。

この20数年で、弱くて貧しいアジアから強くて豊かなアジアへと変容したが、その中で孤立化する北朝鮮の核兵器開発は、アメリカへの恐怖からにほかならない。対米依存という構造の中にいる日本にできることは何か。それは難しいことだが、南北朝鮮・中国・米国・ロシア・日本による6者協議という試みを日本が提案し対話する場をつくること。対話がある間は戦争にならない。また今や民族・国家単位から世界・人類規模で、気候変動などの大課題を考えていかなければならないときなのだと述べた。

女性展望カフェ「語るシリーズ」②友 田部井淳子を語る(6.15) 

ゲストは元読売新聞記者の北村節子さん。駆け出し記者時代の1973年、日本の女子隊にネパール政府が75年春のエベレスト登山許可を出したという外電短信を見つけ、女子隊を訪ねた。そこで田部井淳子さんと出会ったのが縁で、このエベレスト登山隊に加わり、以後いくつもの世界遠征を共にした。
8,848メートル、世界最高峰エベレストの世界初の女性登頂者であり、世界初の女性7大陸最高峰登頂者の田部井さんは、39年福島生まれ。豊かな自営業の末っ子に生まれ、昭和女子大卒後に山岳会に入り、69年女子登攀クラブを設立した。その時の合い言葉は「女性だけで海外遠征を」だったという。
厳しい山に挑戦する田部井さんはじめ隊員や、地元のシェルバーたちの姿、美しい雪山などの写真を紹介しながら、田部井さんが次々と目標を設定して飽くことなく高峰登山に挑戦し続けたことや、疲労困憊の隊員のために有り合せの材料でコロッケを揚げてみせたと、「オカアサン力」全開の素顔も語った。東日本大震災の翌2012年、がん発病後も東北被災高校生を励まそうと、一緒に富士山に登った。今この活動は田部井さんの家族らに引き継がれているということだが、女性だけでなく中高年にアウトドアライフの楽しみを伝え、いつも時代の波がしらにいたと、親愛の情をこめて語った。
参加者の中には「山ガール」の姿もあり、昨秋亡くなった田部井さんの笑顔を思い出しながら、北村さんの軽妙な話に聞き入った。

連続講座「分断進む世界と日本社会を考える」②

日本国憲法の立憲主義(5.13)

講師の杉原泰雄さんは、憲法研究者で一橋大学名誉教授である。近代国家において多くの国が取り入れた立憲主義の体制は、憲法により統治権とその担当者(権力者)を縛ることを課題として登場した。日本は明治憲法と日本国憲法という2つの経験をしているが、明治憲法は「天皇主権」であり、保障すべきは「臣民の権利」、他方、日本国憲法は「国民主権」であり不可侵の「人権」を保障しているという基本原理の相違を解説。2つの憲法で同じ規定・文言が使用されても権力担当者の縛り方が異なるのは当然だという。  

権力担当者が権力の濫用に走りがちになることは、古くから思想家たちによって指摘されてきたことであり、日本だけに限られたことではない。しかし、憲法前文に言う「戦争の放棄」という平和主義の体制から、集団的自衛権も認められるとする積極的平和主義への解釈改憲的転換は、日本国憲法の立憲主義を軽視・無視する強権政治にほかならない。日本の憲法は良い憲法だが、政治と憲法がこれほど離れている国はない。現政権の安倍首相は「法の支配」という言葉を口にするが、これは「立憲主義」とは異なるものだ。今、日本の立憲主義は危機的状況にある、と穏やかな口調の中に怒りを込めて語り、憲法学習は立憲主義の勉強から始めてほしい、ぜひ学習会をと呼びかけた。

女性展望カフェ「語るシリーズ」①

祖父 尾崎行雄、祖母 尾崎英子テオドラ、母 相馬雪香の教え(4.17)

「憲政の神様」と言われた尾崎行雄(咢堂)を祖父に持つ原不二子さんが今回のゲスト。祖母は日本のおとぎ話を英訳して世界に発信したテオドラ、母親は難民を助ける会などを立ち上げた相馬雪香。一世紀にわたる貴重な家族写真などをパワーポイントで紹介しながら、それぞれのエピソードを語った。
漢学、和学、英語学を学んだ祖父行雄は、幼少時に高崎の刑場で「問答無用」と処刑された様を見て、言葉の力、議論、対話で社会を変えていくべきだと思うようになり、明治10年には『公會演説法』を翻訳出版したという。
日本人の父親と英国人の母親の間に生まれた祖母テオドラは、娘雪香にフェアネス(公平さ)とライチェスネス(正義感)の大切さや、目と心を世界に向けることの大切さを教えた。
また、敗戦の年の4月、満州から乳飲み子を含め4人の子どもと無事帰国した母雪香は、それまで北に向かって飛んでいた日本の飛行機がある日消え、物資も出回るようになったことから日本軍の南下を察知し、引き揚げのタイミングを直感したという。その母からは「できないと思っても、頼まれたら断らないこと(God knows you can do it!)」を教わったと。
原さん自身は母譲りの語学力で数多くの国際会議通訳のキャリアを重ね、コミュニケーション手段としての言葉にはとくに厳しい。チャーチル英首相が「日本が戦争に負けたのは言葉のせいだ」と言ったことを引用し、日本語の曖昧さが問題を生んでいると指摘した。また一強他弱の現在の政治状況を憂い、「祖父は帝国議会で唯一の野党だった。私たちは野党を育て、政権交代によって健全な政治が行われるようにしなければいけない」と投票することの重要性を呼びかけた。原さんは尾崎行雄記念財団の理事も務め、昨年あたりから憲政記念館取り壊しが取り沙汰されていることについては、三権分立の象徴である前庭の時計塔と、議論をする場としての講堂はぜひ残してほしいと訴えた。

この日は、市川記念会に所蔵する来信などの史料や写真も展示し、参加者に好評だった。

連続講座「分断進む世界と日本社会を考える」①

市民目線で考える戦争と平和~トランプ政権・安全法制と日本(4.8)

講師の柳澤協二さんは防衛庁出身で、小泉内閣から麻生内閣まで内閣官房副長官補として安全保障・危機管理を担当。現在国際地政学研究所理事長を務める。
講座前日の4月7日、アメリカがシリアを攻撃したことに触れ、自分は安全な場に身を置いていてミサイルを撃つのは卑怯者の戦いだと断じた。トランプ大統領の「アメリカ第一」は「力があれば平和になる」「強ければよい」という力による平和への信奉である。富と名誉は誰しも求めるが、その独り占めは戦争を招くと言う。
戦略とは目標と国力のバランスの上にあるべきものだが、日本の「責任と役割を強化する」というアメリカへの追随は、何の戦略も持たない。日本は軍拡と作戦協力以外の選択肢を失い、しかも「強化」には限界が定められていない不安がある。国民はどこまでついていけるか。

安保法制の基本的思想は日米の一体化により抑止力を高めること。「ミサイルを防ぐ抑止力とは何か」「安倍首相答弁に見る抑止力の論理」などを詳細に述べるとともに、集団的自衛権の行使における武器使用に触れ、その危険度は「1+1は3」ではなく、「1+1は200」になるほどのものなのだと言う。戦争とは暴力による国家意思の強制、平和とは戦争の恐怖から解放されること。戦争は他人事ではなく、主権者として国民1人ひとりの選択が問われることである。自分なりの価値判断基準でよいから、自分の考えを持とうと訴えた。