2011年度
◎政治参画フォーラム2011(2012.1.28-29開催)
◎リレートーク(11/12開催)
◎ワークショップ(7/9-10開催)
「ジェンダー平等政策をどうつくるか-第3次男女共同参画基本計画をてがかりに」
◎フォーラム2011(5/27-28開催)
「変えよう選挙-住民参加型選挙を実践して」 
◎市川房枝研究会
2005年発足。現在、市川房枝が本格的な婦人参政権運動を展開するに至った時期を対象とした研究が進行中で、2011年度末を目標に年表づくりが行われています。
政治参画フォーラム2011「震災復興へ―新たなまちづくりを目指す」(2012.1.28-29開催)
東日本大震災から約11カ月。13都府県から女性地方議員ら50名が参加し、標記のテーマについて活発な討議が行われた。講師は、ジェンダー視点で全国的な支援活動に取り組む堂本暁子・前千葉県知事、自治の問題点から災害を捉える廣瀬克哉・法政大学教授、前岩手県宮古市長で医師の熊坂義裕・盛岡大学教授ら。佐藤輝子・宮城県気仙沼市議や滝田春奈・福島県郡山市議も被災地の現状を事例発表した。
ジャーナリスト、国会議員、千葉県知事の経験から堂本氏は、災害時には社会の歪みが顕在化すること、平常時に男女共同参画社会を実現してこそ災害に強い地域、日本を実現することができること、女性たちが連携しながら災害リスク削減の政策を実現していこうと訴えた。
陸前高田市の議会基本条例づくりに関わった廣瀬氏は、被災直後の緊急事態からようやく復興期を迎えようとする段階に至ったと前置きして、まちを「丸ごと作り直す」復興計画をいかに住民が納得する形で描くか、議会のミッションは何かを説き、不満が蓄積した住民と、国に振り回されながら制度をフォローすることでパニック寸前の行政職員が一歩でも理想に近づくために議員の果たす役割の重要性を示唆した。
岩手県下で最大の津波被害に見舞われた宮古市の熊坂氏は、3期12年の市長時代に全国に先駆けて「津波防災都市宣言」を行うなど様々に減災に取り組んだ。糖尿病専門の開業医として薬の確保や情報伝達の方法、栄養の偏りによる持病の悪化、慢性疾患から急性疾患への対応、医療面からも住居と仕事(お金)の必要性など、被災時及び今後の地域医療を語った。
大津波に襲われた佐藤氏は、避難所の状況と支援活動の模様をつぶさに報告し、「廃炉アクション」というイベントをまさに開催しようとしていた滝田氏は原発事故が発生し、放射能汚染下の現状や取り組みを報告した。
(詳細は『女性展望』3月号掲載予定)
リレートーク「市川房枝を語りたい」(11/12開催)
市川房枝生誕120年・没後30年・財団創立50周年記念事業
「リレートーク/市川房枝八十七歳の生涯
それぞれのときに出会った人々 市川房枝を語りたい」
(とき/2011.11.12(土)13〜16時 ところ/婦選会館)
本年から3か年計画で実施予定の「市川房枝生誕120年、没後30年、財団設立50年記念事業」の第1弾として維持員のつどい併催で「リレートーク/市川房枝を語りたい」を開催。
市川房枝87歳の生涯においていずれかの時期に出会った方々が市川からなにを感じ、なにに共鳴したのか、その体験を語っていただき、参加者が紡ぎ繋げ、信念・素顔などを新たに共感する場にしたい。そして「理想とするものを実践しようと常に試みた人・市川房枝」を語り口から浮き彫りにして、当財団が2009年秋に掲げた新しいミッションを実現するためにも反映させていきたい、と日高記念事業委員長が挨拶。趣旨に賛同しボランティアで登壇してくださった10人の方々の語りは市川の人柄や生活、活動を浮き彫りにしたイベントとなった。
語り手点描は登壇順に
1 .桑田まなみさん(現在長野でホテル経営)1980年20歳の時に参院選挙演説をする市川の声・姿に打たれ、以来運動の担い手となった。
2. 中島一郎さん(現在江東区で仕立て屋経営)1959年有権者となって初めての参院選に理想選挙の市川に投票。以来応援し市川に仲人さんにもなってもらった。
3. 仁科弥生さん(元津田塾大学教授・現財団理事)市川にアメリカへの留学支援を受け、教育職へと導びかれた。母娘3代にわたって市川とは縁深い。
4 .岡田善朗さん(現在銀座三越横で履き物屋経営)冨士茂子さんの第5次再審請求支援活動を市川と共にした。
5. 笹間 薫さん(元東京都職員・現財団理事)、都婦人計画課長時代に市川の講演で八丈島に同行・人間市川の飾らない人柄・魅力を垣間見、大切にテープ・手紙を保存している。
6. 鳥海哲子さん(元編集者・前財団理事)竹中繁元朝日新聞記者の縁で理想選挙などの活動に参加。市川を「情・愛の人」と表す。当会出版部に参与、献身的に市川を支え続ける。
7 .市川ミサオさん(市川房枝養女・現財団理事)17歳で市川の事務所手伝いとして富山から上京、23歳で市川の養女に。以来健気に慎み深く市川と苦楽をともに過ごした30年間。現在85歳。
お手紙による語り手
8. 青木淳子さん(東京都市大学非常勤講師)ブレザーを着こなす市川の先駆的着飾らないファッションに着目、大正時代の婦人運動家の洋装について論文を書いた。
ビデオレターによる語り手
9. 武田清子さん(国際基督教大学名誉教授)追放解除後の1953年、日米知的交流委員会の渡米派遣に女性の市川を推薦した旧友。市川の「結集力」を高く評価。
10.隈部紀生さん(元NHK社会部記者)市川への数々の取材から「一貫して理想をかかげ、包容力のあるリーダー・国際性・若々しい情熱・私利のない政治家」と評価。センターの今後の課題として「若い人に新しいきっかけを作って」との示唆も発信。
DVD上映 センターオリジナル作品 「婦選の話」
1931(昭和6)年市川房枝が吹き込んだオデオンレコードの音声を基にセンター所蔵資料を映像化(小澤武信編集制作)。参加者の多くから先覚者・市川発言の重みを再認識する感嘆の声が上がった。
会場には市川の公職追放解除のシンボルともなったコスモスの花200本がこの日のために取り寄せられ、美しいシワシワの87歳の笑顔の写真が参加者を温かく迎え包み込んでいた。長野・静岡からの維持員を含め約60名参加。引き続き懇親パーティーがなごやかに開催された。
(概要は『女性展望』2012年1月号に掲載)
ワークショップ
「ジェンダー平等政策をどうつくるか-第3次男女共同参画基本計画をてがかりに」
~ジェンダー平等政策の基礎であるジェンダー統計、アンペイド・ワーク、ジェンダー予算について基礎知識を学び、政策の点検・評価や政策づくりに活かす~
(2011/7/9、7/10開催)
ジェンダー平等は社会の平和や人間中心の開発・発展に必須の条件であることは世界の共通認識となり、女性のエンパワーメントとジェンダー主流化は、ジェンダー平等促進のための二つの柱とされています。すべての政策にジェンダー視点を導入するというジェンダー主流化の主要な方法であるジェンダー予算の研究と実施に向けた動きや、ジェンダー格差の実態を把握するジェンダー統計の精緻化、そして、ジェンダー分業・格差に直結するアンペイド・ワークについて、日本では一部の研究者や実務家、NGOの間で関心が高いものの、国際社会での進捗に比べまだまだ不十分、あるいは情報すら共有されていない状況にあります。このような状況では、熱心な政策提言やロビー活動も、既存の政策への影響はパッチワーク効果にとどまってしまい兼ねず、ワークショップのファシリテーター4人(矢澤澄子、久場嬉子、村松安子、目黒依子)は、日本の政策策定プロセスの実態とこれら3概念の関連について他の専門家と共に研究会を重ね、本ワークショップの開催に至りました。
ワークショップには、全国から地方議員、女性団体・グループ、女性センター関係者、研究者など45名が参加し、リソース・パーソンとして5人の専門家をも加えて、講義とグループ・ワークや実習を組み合わせた高密度の2日間でした。
参加者からは、テーマや開催形式の効果に対する高い評価と共に、参加者のネットワーク化による今後の行動の共有を期待する声も大きく、また、多くの参加者が学んだことを地元に帰ってすぐに行動に活かすと発言したことは、ワークショップならではの成果でした。
ファシリテーターやリソース・パーソンからも、有意の女性たちに新たな学びと交流の場を提供できた、参加者の次への展開が期待できる、参加者の学習意欲が高く活動経験は多様でジェンダー平等への熱意に感動、直接役立つ企画を今後は提供したい、参加者のメーリング・リストをつくり今後の活動の持続を支援したい、などの声が寄せられ、参加者のパワーに勇気づけられた結果となりました。
(詳細は『女性展望』2011年10月号掲載)
女性展望カフェ
当センター発行の月刊『女性展望』読者などを対象に、ゲストのトークとお茶を楽しんでいいただく「女性展望カフェ」を定期開催しています。2011年度は、5月に産婦人科医の堀口雅子さん、7月にノンフィクション作家の秋尾沙戸子さん、9月に元日教組婦人部長の仁木ふみ子さん、11月に女性史研究家のもろさわようこさんをお招きしました。
堀口さんは、中高年女性の健康をテーマに「シルバー世代を生き生きと過ごすためには、自分のからだを知り、今を大切にすること」として乳がんや子宮がん検診を勧められ、寝たきりにならないためには骨量を増やすための食事や運動が大切だとのアドバイスをいただきました。
今年3月号の「著者と語る」にご登場下さった秋尾さんからは、東欧の民主化やインドネシアのメガワティ大統領誕生の背景など、現地取材をもとにお話いただき、参加者から「バイタリティ溢れる行動力に元気をもらった」との感想が寄せられました。
仁木さんは、中国で生まれ、高校教師から組合活動に、そして退職後は中国との交流・支援と幅広い活動をしてこられた方です。家庭科の男女共修問題をきっかけに市川房枝先生との出会いや、「在外父兄救出学生同盟」の活動、そして、宋慶齢はじめ中国の革命世代の人々との交流などが静かな語り口で述べられ、日中友好への熱い思いが伝わってきました。
もろさわさんは、20歳で敗戦を迎え、地方新聞記者時代に戦争未亡人や底辺の労働者の取材をとおし、他者の痛みを自分の痛みとして考えていくことを決意されたことや、市川房枝との出会いで一時『婦人展望』の編集も行ったこと、そして、30年前に「歴史をひらくはじめの家」を佐久に建て、今は沖縄、高知にも「家」ができたことなどを語られました。
フォーラム2011 変えよう選挙―住民参加型選挙を実践して
5月27日~28日、4月の統一地方選を終えてフォーラム2011「変えよう選挙-住民参加型選挙を実践して」を開催しました。1都8県から現職議員ら約30人の参加者が集まり、調査報告「データから見る第17回統一地方選と女性」、宇野重規東大教授の基調講演「民主主義再生への試練―大災害の課題と住民パワー」に続き、選挙運動の事例報告と全体討議が活発に行われました。
宇野教授は、「原発事故を含めて日本社会がこれだけの危機に遭遇した今は民主主義回復の最大のチャンス、もしかしたら最後のチャンスかもしれない。自分たちの社会は自分たちで決めると地域から声を上げ、混迷する国政を突き動かしていく必要がある」と述べられ、長い間、唯一「女性県議ゼロ」だった福井県で待望の県議となった細川かをり氏らが、それぞれの地域で選挙をどのようにたたかい抜いたか、厳しかった選挙運動を振り返りました。また、震災・原発事故による選挙運動自粛ムードにより、政策を訴える義務(候補者)と政策を聞く権利(有権者)の間で対応に苦慮した経験なども語られました。
(詳細は『女性展望』2011年7月号掲載)
市川房枝研究会
市川房枝(1893~1881)の全体像を解明しようと、2005年に「市川房枝研究会」が当センターに設けられ、現在も研究が続けられています(主任研究員=伊藤康子・元中京女子大学教授、研究員7名)。設立当初の3年間は、市川房枝が公職追放に至った経緯とその解除までを研究対象とし、当センター所蔵の史資料を駆使して市川の言説と活動、関係組織の動向を詳細な年表にまとめました。この成果は『市川房枝の言説と活動 年表で検証する市川房枝 1937-1950』(2008年11月、当センター出版部)として刊行されました。
2008年11月には、シンポジウム「史料から何をつかむか―市川房枝が未来に遺したもの」を開催。江刺昭子(女性史研究者)、長尾真(国立国会図書館長)、松岡資明(日本経済新聞社編集委員)氏ほかのパネリストにより、史料に込められた人々の足跡を忘れてはならないことや、史料保存・公開の重要性、公文書管理の実態、デジタル化とソーシャルネットワークサービスの方向まで、多岐にわたる話し合いが行われ、当センターのアーカイブへの期待の高さがうかがわれました。(詳細は『女性展望』2009年1月号掲載)
また、2009年5月にはフォーラム「いつか来た道―市川房枝の戦前・戦後」を開催。先に刊行した『市川房枝の言説と活動』をもとに、「戦争協力―折り合いのつけ方」「体制接近―婦選運動の転換」「東亜新秩序建設―国策委員に」「『枕詞』と本心―総合的評価を」「政治は生活―一貫した信念」「公職追放を巡る噂―謎のまま」「追放解除へ―17万人が署名」など、克明にたどった年表から見えた事実を研究員が発表しました。東大名誉教授の鳥海靖氏は、戦争と女性の権利の相関関係について「新体制運動は政府に協力し、戦争にも協力する運動だったかもしれないが、そこで育てた人材が戦後の女性運動の活動家になったという歴史の逆説的な関係にも目を向けて理解すべき」とコメントされました。
同時開催の企画展「1937-1950年の市川房枝」では、所蔵史資料の中から言論報国会委員委嘱状や公職追放取り消しの請願書他約50点が公開されました。(詳細は『女性展望』2009年7月号掲載)
現在、市川房枝が本格的な婦人参政権運動を展開するに至った時期を対象とした研究が進行中で、2011年度末を目標に年表づくりが行われています。











