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2020連続講座「気候危機とヨーロッパ連合(EU)のヨーロッパ・グリーン・ディール 」講師:坪郷實さん(早稲田大学名誉教授)

気候変動問題から気候危機へ

 コロナ禍に見舞われる以前から世界的政策課題であった気候変動問題は、今や「気候危機」として切迫している。温室効果ガスを削減するには、企業の活動と市民の生活スタイルを変えなければならず、そのための政策と制度、そして技術革新が必要となる。「コロナ復興」は「グリーン復興」だという議論もある。持続可能な社会を実現するには、目標を定め、目標基準に基づくモニタリング(監視)が重要であり、これまでの大規模集中型システムから地域分散・連携型システムへ移行しなければならない。

 そうした試みの重要な出発点は、1992年採択の国連・気候変動枠組み条約である。この条約に基づき、毎年、締約国会議(COP)が開催され(ただし、2020年COP26はコロナ禍のため21年に延期された)、京都議定書(1997年、COP3)やパリ協定(2015年、COP 21)が、難航しつつも、まとめられてきた。特にパリ協定は、炭素排出の大きい米国と中国とともにEUの主導により、世界の平均気温の上昇を(それまでの目標であった2度以下から)1.5度以内に抑え、脱炭素(すなわち、温室効果ガス排出を実質ゼロ)を実現するための行動計画や評価の手続きを含む。この間、東日本大震災時の福島第一原発事故の発生(2011年)がエネルギー政策の転換を促し、国連の持続可能な開発目標(SDGs)(15年)も採択された。

 

EUの長期構想

 ヨーロッパ市民の世論調査によれば、気候変動による自然災害について政府の対応が必要だという意識が定着し、毎年のCOPにも環境NGOが活発に働きかけている。そうした市民意識を背景に、地球温暖化防止政策において、EUは世界における主導権を握り、脱炭素を経済成長と両立させることが国際競争力の確保につながるという長期的見通しを持つ。
 1973年以来、EU(当時EC)は環境行動プログラムを実施してきたが、欧州議定書(87年)およびマーストリヒト条約(93年)において、環境政策の目標、事前予防の原則・汚染者負担の原則・発生源における環境破壊の改善の原則、統合的環境政策を定め、アムステルダム条約(97年)は持続可能性の原則を確認するに至った。
 2000年代に入ると、「持続可能な発展のための戦略」(01年策定、06年改定)を経て、2020年までの再生可能エネルギー・エネルギー効率向上を目指す「ヨーロッパ2020:20–20–20気候保護目標・エネルギー目標」(10年)を掲げた。さらに打ち出されたのが、2050年にEUを世界初の「気候中立な大陸」にするという意欲的な構想である。
 2019年5月、ヨーロッパ議会の選挙によって新たなヨーロッパ委員会が選出された。この委員会は、政策決定と調整を役割とする(加盟国政府代表から成る)閣僚理事会に対して、提案権、政策執行、監督を担う。委員会が提示した「戦略的アジェンダ」(2019–24年)の一つが「気候中立・緑の・公正な・社会的ヨーロッパ」であり、2050年までに温室効果ガス排出ゼロを謳う「ヨーロッパ・グリーン・ディール」(以下、EGD)が優先課題だった。
 そこでは「持続可能な発展」が、環境、経済、社会という3側面の統合的発展として捉えられる。地球生態系の制約条件を前提として、開発は、将来世代がニーズを充足する能力を損なうことなく、現在の世代のニーズを満たすようなものでなければならない。
 すなわち、EUが環境汚染を止めて、人間の生活と自然生態系を保護し、企業が環境を汚染しない生産物と技術の分野で世界を主導することを支援し、公正で包摂的な移行を保障することこそ、市民の福利の改善に寄与するという。しかも、温室効果ガス排出ゼロという環境面、経済成長と資源利用を切り離すという経済面、誰も取り残さないという社会面を統合するためには、「グリーン技術革新」を必要とするが、これは新たな雇用を生む新しい成長戦略でもある。

 

ヨーロッパ・グリーン・ディールの柱

 EGDの内容は多岐に渡るが、枠組みとして、ヨーロッパ気候法を提案し、生物多様性戦略、新産業戦略と循環経済行動計画、持続可能な食料に関する「農場から食卓まで戦略」、「気候協約」などが挙げられる。2020年、ヨーロッパ理事会(EU首脳会議)は、「グリーン復興」として、1兆743億ユーロを上限とする多年次財政枠組み(21−27年予算)と7500億ユーロに上るコロナ復興基金(補助金3900億ユーロ、融資3600億ユーロ)について、EUとしての優先政策に沿うかどうかを評価した上で実施することになった。また、2030年の温室効果ガス排出削減目標は、1990年比で40%削減を55%まで引き上げる。議論の過程では、60%削減の声も出たという。
 具体的には、エネルギーの生産と消費がEUの温室効果ガスの75%以上を占めており、エネルギーシステムの脱炭素は、「気候中立」の実現に決定的な意義を有する。その基本原則が重視するのは、広範囲で再生可能エネルギーに支えられたエネルギー効率向上とエネルギー部門の発展である。なぜなら、安全かつ手頃な価格で調達可能なエネルギー供給を確保し、統合されたネットワークとしてデジタル化されたEUエネルギー市場を確立しなければならないからである。
 また、エネルギー消費の40%が建物に関わるため、建物改修によってエネルギー費用と消費を削減しなければならない。ヨーロッパ産業におけるリサイクル素材の利用は12%にとどまるため、技術革新について世界を先導できるよう産業を支援し、循環型志向の生産物の新市場を発展させるとともに、消費者リサイクル返却システムを構築する。温室効果ガス排出の25%を占める(民間および公共の)交通では、環境適合的で費用のかからない移動形態を導入する。

 

ドイツの気候保護政策

 ドイツにおいては、近年、「環境保護・気候保護」の重要度への意識が強まり(2016年53%→19年68%)、「移住・移民」問題への関心とは逆転を見せる(16年63%→19年43%)。また、電力消費に占める再生可能エネルギーの割合も、25%(2013年)から42%(19年)へと高まり、温室効果ガスの削減率は1990年比で35%(19年)、一次エネルギー消費も12%削減された。
 2019年12月には、それまでいくつかの州法にとどまっていた気候保護法が、連邦法として実施され、2030年までに温室効果ガスの少なくとも55%削減を、世界で初めて法的に義務づけるなど、EGDに一歩先んじる政策を展開している。
 例えば、2021年から二酸化炭素を価格付けした新しい排出取引システムが、適用範囲を広げて開始される。価格は(トン当たり)25ユーロから始め、25年には55ユーロへ引き上げる。これには、低所得者の住宅手当を増額するという市民の負担軽減策も伴う。炭素排出の14%を占める(住宅を含む)建設部門については、暖房施設をはじめとするエネルギー関連の建物改修を減税によって促進する。交通部門では、炭素排出を2030年までに1990年比42%の削減を目指す。農業部門では、窒素を減らしてエコ農業を奨励するとともに、森と木材の持続的利用に努める。再生可能エネルギー拡充・エネルギー・資源効率を向上させる促進プログラム、あるいは、電気自動車の促進、鉄道の強化と安い鉄道料金とともに、(付加価値税の減税によって)近距離航空を高価格に設定するなどの脱炭素化プログラムを適用する。最重要のエネルギー部門については、再生可能エネルギーを2030年に電力の1990年比65%まで引き上げつつ、電力網を整備し、脱石炭法(2020年)により脱石炭火力を図る。
 すでに2020年1月、メルケル首相は世界経済フォーラムにおける演説で次のように明言した。「私たちは気候政策において行動を求められている。世界は共同で行動しなければならない。ドイツは2022年までに脱原発を行い、遅くとも2038年、可能ならば2035年までに石炭火力をやめる。新しい価値創出形態が必要であり、デジタル化をさらに強化する。経済と生活の全てを基本的に変えなければならないが、その移行期には、より多くの対話を通じて困難を克服する。」

 

コロナ禍後のグリーン復興

 EUは、コロナ禍からの復興を見据えて、デジタル化と気候適合的経済の再構築のための投資を準備している。EGDは単なる宣言ではなく、目標達成に向けた工程表が明確に示されている。その基盤を形成したのは、環境団体をはじめとする市民の意識や活動であり、こうした環境政策の開発や実施において、最も身近な政府である(地方)自治体の役割が重要である。
 日本では、菅首相が就任演説の中で、「2050脱炭素」をうたったが、具体的な工程表の裏付けもなく、政治的なパフォーマンスの域を出ない。それでも、再生可能エネルギー比率の高い電力供給源を選んだり、地方自治体の建設・改修計画に脱炭素策を取り入れるように働きかけるなど、市民としてできることも少なからずあるのではないか。(眞)