· 

2020連続講座「あなたの100年を輝くものにするために ―性差医療に光を当てて」講師:天野惠子さん(NPO日本性差医療情報ネットワーク理事長)

 日本における性差医療の提唱と実践の先駆者である天野恵子氏が、性差医療に関心を持たれた大きなきっかけは、アメリカの循環器病学会で「微小血管狭窄症」という病気が更年期前後の女性に発症することを知ったことだった。循環器内科医として診察する中で、胸痛を訴える女性たちが、通常の検査では「異常なし」になってしまうことに疑問を感じていたからだ。

 1990年代にアメリカで本格化した性差医療について、天野氏は、1999年、日本心臓病学会で紹介し、男女ともにかかる病気に性差があること、すなわち、発症頻度や症状に性差がある事実を訴えた。性差医療に無関心な男性医師も少なくなかったが、2001年には鹿児島大学の鄭忠和教授の尽力により、日本初の女性外来が設置され、また、堂本暁子千葉県知事(当時)の要請から、千葉にも女性外来が開設された。

 とはいえ、女性地方議員たちから地域に女性外来を設けるよう要望が出されても、女性医師たちに戸惑いがみられる状況にあった。そのため、性差医療情報ネットワークを設立し(2002年)、性差医療の普及のためのセミナーも開催した。さらに、同年に立ち上げた、性差医療医学研究会は、日本性差医学医療学会に移行した(2008年)。性差医療はさしあたり女性医師が中心を担うとしても、女性だけで固まっていては発展せず、男性の参加を促さなければならない。2010年には、循環器学会から「循環器領域における性差医療に関するガイドライン」が出されるに至った。

 「男女共同参画」の一環として重要な女性の健康サポートにしても、女性の健康・医療データはなく、データ作りから始めなければならなかった。男女共同参画社会基本法に基づく基本計画に、第二次計画から「女性の健康」が盛り込まれたのも、天野氏の働きかけによる。昨年(2020年)末に閣議決定された第五次計画では、残念ながら、やや後退をみせている。

 

 日本人の平均余命は長いが、男性81.41歳、女性87.45歳(2019年)と差がある一方で、自立して生活できる「健康寿命」は、男性72.14歳、女性74.79歳(2018年)である。東京都のデータでは、男性は交通事故、自殺、癌、脳梗塞、心筋梗塞による死亡が多く、男性医療も必要ではないか。

 基本健診データ収集システム確立事業によって利用できるようになった健診(健康診断)データでは、年齢による大きな性差とその推移がよく分かる。例えば、肥満度やコレステロール値、肝機能などを見ると、若年期から中年期ではかなり性差が大きく、70歳代になると、性差が縮小したり、ほぼ同程度になる。にもかかわらず、男性の基準値が若年・中年期の女性にもそのまま当てはめられてきた。基準値を性別で分けなければならない。

 健診データに現れる性差の大きな要因は、男女のホルモンの違いにある。すなわち、男性ホルモン(テストステロン)は60歳以上で減少していくが、女性ホルモン(エストロゲン)は閉経によって急減する。心筋梗塞は女性よりも男性に多く、高いコレステロール値が原因とされるが、女性の場合はコレステロール値よりも、喫煙が最大要因であり、糖尿病も大きく作用する。近年では、こうした性差を配慮した日本動脈硬化学会によるガイドラインも作成されるようになった。

 

 日本は超高齢社会に突入しているにもかかわらず、75歳以上のいわゆる後期高齢者の健康データはほとんどない。寿命の長い女性に認知症も多い。認知症は、歳相応の物忘れとは違い、何らかの原因で脳の神経細胞が破壊され、記憶力が低下して、日常生活に支障を来たす。硬膜下血腫や甲状腺機能低下症など、治療可能な認知症もあり、また、軽度認知障害(認知症の前段階で、ひどい物忘れはあるものの、日常生活には支障がない)については、運動や食事、知的活動、禁煙などによって回復できる。

 次の9つの生活スタイルが認知症発症要因の35%を占める。① 難聴、② 若年期の早期教育の不足、③ 喫煙、④ うつ病、⑤ 運動・身体活動の不足、⑥ 中年期以降の高血圧、⑦社会的孤立、⑧ 糖尿病、⑨ 肥満。他方で、制御不能な因子としては、加齢、性別、遺伝が挙げられる。海外では、遺伝因子について、予防的介入の試みもある。

 

 日本全国に女性外来は400ヶ所前後あるが、後を引き継ぐ医師がいないために閉鎖となるところも出てきている。若い世代の後継者を育成する必要があり、Eラーニングによる性差医学・医療認定制度を実現するためのクラウドファンディングを実施している(2021年2〜4月)。

 女性外来は初診で患者の話をじっくり聞くので、診療報酬が低く、赤字になってしまう。医療の収益性の検討が必要とされるとともに、2000年代初頭の松戸市(千葉県)のように、女性地方議員が地域の公立病院へ働きかけることも鍵となる。総合診療の中に性差医療をはめ込んで、女性外来のみならず、今後は男性外来も望まれる。(眞)



【イベント詳細】2020連続講座「いま、動き出すために」

講師

2021年2月27日(土)13:30~15:30

「あなたの10年を輝くものにするために―性差医療に光を当てて」天野惠子さん(NPO日本性差医療情報ネットワーク理事長)

形式

オンライン(zoomウェビナー)

参加費

無料

定員 40名(要予約)

【講師メッセージ】2018年の簡易生命表によると、日本人男女の平均寿命は、男性81.25歳、女性87.32歳。ちなみに、自立して生活できる年齢を示す「健康寿命」は、2016年時点で、男性72.14歳、女性74.79歳。医学の進歩とともに、感染症(結核、疫痢、赤痢など)による死が克服され、続いてがんに対する医学研究が進み、がんサバイバーの数もうなぎ上りに増えています。最後に医療のターゲットは生活習慣病となりました。今回は、リスクの征圧で認知症が防げるか考えてみます。

【プロフィール】1967年東京大学医学部卒業。専門は循環器内科。東京大学保健管理センター講師、千葉県衛生研究所所長、千葉県立東金病院副院長を歴任。性差医療研究、実践の第一人者で、「NPO法人性差医療ネットワーク」や「性差医療・医学研究会」(現・「日本性差医学・医療学会」)の創設をリード。