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2020連続講座「川崎市ヘイト罰則条例に学ぶ『差別は犯罪』を広めるために」講師:石橋学さん(神奈川新聞社川崎総局編集委員)

2019年12月、全国で初めて川崎市でヘイト罰則条例が制定された。この条例によってヘイトスピーチを「刑事罰」で規制することが可能となった。石橋さんは神奈川新聞社川崎総局編集委員で、ヘイトデモとそれに反対する市民運動について報道し、著書・共著に『ヘイトデモをとめた街 川崎・桜本の人びと』『時代の正体 権力はかくも暴走する』などがある。この条例を、国の法律に先んじて外国にルーツをもつ市民に対する差別的言動を犯罪と定め「自治体が差別撤廃の前面に立つという人権行政の歴史的転換」と位置付ける。講演では同新聞の記事や動画・音声を用いて、在日コリアンに対する人権侵害と被害者の切実な声と運動とを伝えた。

 

このヘイト罰則条例「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例(差別根絶条例)」の制定は、なぜ可能となったのか。ヘイトスピーチは教育・啓蒙で対応するのは不可能なほど執拗悪辣であり、差別は被害を受けた在日コリアンの訴えによって可視化されたのである。川崎でヘイトスピーチが始まったのは2013年からである。デモ参加者は「この国に差別ありますか。見たことも聞いたこともありませんよね」「朝鮮人は我が国にとって敵」「出ていけ」と叫んでいた。このデモを守るかのように警察が両脇を固めていた。

 

デモはエスカレートし、2015年11月からは在日集住地区の川崎区桜本が標的とされた。当時中学生の中根寧生(ねお)さんは、ヘイトデモをする人に手招きされ、語ろうと近づいたところ、拒絶され暴言を吐かれて傷つく。彼は母が在日3世、父が日本人で二つの文化を背景に育ち、「共に生きよう」と話せば分かると思っていた。翌日学校では先生もクラスメートも声をかけてくれた。彼は市長に手紙を書いた。返事は「残念に思います。しかし現行法令での対処が難しい」というものであった。だが、寧生さんは一人ではなかった。「敵はぶち殺せ」というヘイトデモに対して町全体が怒り立ち向かった。2016年4月の市民集会には約300人が集まり、在日高齢者の交流会「トラヂの会」のハルモニ(おばあさん)たちも「どうしてさべつするの!!」と手書きの横断幕を掲げて参加した。

 

この桜本はどういう町か。2015年9月には、安保法案審議を知ったハルモニたちが、国会前には行けないので、地元のバス通り300メートルを歩く一番短いデモをした。チマチョゴリを着たり、車椅子に乗ったりした彼女たちを先頭にして近隣住民も加わり「平和を守れ」と訴えた。戦争と差別を体験したハルモニにとり、戦争はヘイトに結びつくものと受け止められた。市立さくら小学校では、毎年運動会で朝鮮半島に伝わる農楽が在日や日本人、アジア・南米にルーツを持つ子どもたち、教職員によって披露されている。キムチ漬けの授業は12年近く続いている。ハルモニたちがキムチ作りを教えながら語る。生徒はキムチを持ち帰って親に話し、親たちは過去を振り返り、家庭が、地域が変わっていく。こうした多文化交流を丁寧に続けていた。ヘイトスピーチ反対の動きは広がり、100以上の市民団体によって「『ヘイトスピーチを許さない』かわさき市民の会」が結成され、2016年1月、ヘイトデモに抗議して路上に身を投げ出し、町に入るのを阻止した。

 

こうした動きは、国会でも取り上げられるようになった。日本は1995年に人種差別撤廃条約に加入した。だが、法で規制するほどの差別は日本で存在しないと、あるいは表現の自由も論じられた。しかし、問題は顕在化した。国会では人種差別撤廃施策推進法案が議論され、ヒアリングや視察も行われた。3世の崔江以子(チェ・カンイジャ)さん(寧生さんの母)は参議院で意見陳述をし「差別があっても法律がないからと放置されたままでは、いつか私たちは本当に殺されます」と訴えた。2016年5月「ヘイト解消法」の成立を見る。

 

ヘイト解消法はヘイトスピーチを不当な差別的言動とした日本で初めての反差別法である。これには禁止・罰則はないが、この法を根拠に川崎市は対応するようになる。司法も「人格権侵害」と後押しをした。川崎市はヘイトデモの公園使用申請を不許可とし、市長は「市は、違いを豊かさとして認め合いながら発展してきた多文化共生のまち。不当な差別的言動から市民の安全と尊厳を守る」と語った。だが、数日後ヘイトデモは区域を変えて道路で行われ、これに対して市民が取り囲み中止させた。警察も取り囲むという変化も現れた。一方、最大の団体「在日特権を許さない市民の会」(在特会)は政治団体を立ち上げ寄付を募り活動を活発化させた。

 

市はヘイト解消法の実効性確保に向けて、刑事罰を伴う条例制定へと動いた。2019年12月市議会は「全会一致」で条例を可決した(2020年7月施行)。条例は抑止、教育・啓発の効果をもった。当初のひどい発言がなくなり、歯止めにはなっている。だが未だなくならない。差別の問題はトランプ政権下のアメリカに見られるように日本だけとは限らない。「差別をなくして」を前提に「行動しよう」、この条例が全国に広がることが求められる。(幸)



【イベント詳細】2020連続講座「いま、動き出すために」

講師

2021年3月13日(土)13:30〜15:30

「川崎市ヘイト罰則条例に学ぶ「差別は犯罪」を広めるために」石橋学さん(神奈川新聞社川崎総局編集委員)

形式

オンライン(zoomウェビナー)

参加費

無料

定員 40名(要予約)

【メッセージ】「朝鮮人をたたき出せ」と叫び、在日コリアンを迫害する暴力が横行するようになって久しい。重大な人権侵害であり、社会を破壊する危険なヘイトスピーチを刑事罰で規制する全国初の条例が2019年12月、川崎市で制定されました。歴史的な条例を成立へ導いたマイノリティー被害者の切実な訴えと粘り強い市民運動を振り返り、差別のない社会をつくるために何をすべきかを共に考えましょう。当事者は私たち一人一人です。

【プロフィール】神奈川新聞社川崎総局編集委員。報道部デスク、論説委員などを経て2018年から現職。著書・共著に『ヘイトデモをとめた街 川崎・桜本の人びと』『時代の正体 権力はかくも暴走する』(現代思潮新社)など。