日本には、そもそも「性暴力」の定義がない。明治刑法(1907年)を踏襲した現在の刑法における「性犯罪」の範囲は狭く、ストーカー規制法をはじめとする特別法がいくつか制定されてきたとはいえ、性暴力が「包括的な対応が必要な社会問題」として位置づけられていない。性暴力が横行するのは、男性優位の性規範が社会構造に組み込まれているからである。
国連・女性差別撤廃委員会の一般勧告(第35号:2017年)は、性暴力を「身体的、性的、心理的一体性の権利に対する犯罪」と捉え、「自発的な同意の欠如」を重視して、女性の心身の人格的統合性と性的自己決定権の侵害だとする。また、イスタンブール条約(欧州評議会:2011年)の批准国では、配偶者・パートナー対象の場合も含めて、「自発的同意」のない性行為を犯罪とする。
1999年以降、ようやく数年置きの実施に至った、日本における性暴力被害調査によれば、加害者が「顔見知り」という事例が約75%にも上り、相談しない被害者が60〜70%と圧倒的である。こうした調査結果からも推測できるように、性暴力被害は潜在化しやすい。被害者が相談せず、被害届を出さないのは、「どうしたらよいかわからない」「人に知られなくない」「相談したとしても、話を聞いてもらえず、何の解決にも繋がらない」からだ。
2010年代初めに24時間無料匿名電話相談が開設されてから、家族による性虐待が顕在化してきたが、外部からの発見と介入が難しいうえ、幼少期の性虐待を被害者が相談できるまでには長い時間がかかる。教師から児童・生徒への性暴力も潜在化しやすく、生徒・学生同士の性暴力についてはデータもない。文部科学省は、「性教育」という言葉を嫌って、「いのちの安全教育」と称している。SNSを悪用したデジタル性暴力には法的解決が望めない。
性暴力の被害者は「逃げたり、大声を出して助けを求めるはず、抵抗するはず」という「強姦神話」が裁判においても罷り通っている。被害者の証言が信用されず、逆に被害者が非難されてしまう。しかし、加害者の過半は「暴力による相手の支配」と考えており、犯罪としての認識が薄い。それだけに、被害者のPTSD(心的外傷後ストレス障害)発症率は「戦闘体験」と並んで高く、長期的に苦しめられる。
110年ぶりに刑法の性犯罪規定は改正(2017年)されたが、性暴力事件について相次いで無罪判決が出されたことに抗議して、被害者たちが声をあげるフラワーデモが始まった。現在、刑法の再改正が大きな政治的課題だが、無視されてきた性暴力被害者の声に耳を傾けなければならない。いま必要なことは、被害当事者が安心して声を出せる社会を目指し、官民が協力して被害者を支援する仕組みを拡充すること、性暴力を女性被害者だけの問題とはせずに、男性も巻き込んで理解の裾野を広げることである。(眞)
【イベント詳細】2021連続講座「進めたい「いま」、弾力ある社会へ」
講師 |
2021年10月9日(土)13:30〜15:30 「性暴力防止政策の課題」講師:戒能民江さん(お茶の水女子大学名誉教授、性暴力禁止法ネットワーク共同代表) |
形式 |
オンライン(zoomウェビナー) |
参加費 |
1,100円(税込) |
定員 | 50名(要予約) |
【メッセージ】2019年3月に相次いだ「性暴力無罪判決」に対する女性たちの怒りは、全国でフラワーデモを生み出した。被害を受けた人々は性暴力ノーの声を上げ始めている。2017年、110年ぶりに刑法性犯罪規定の大幅改正が行われたが、刑法の「暴行脅迫要件」は改正されず、抵抗できずに被害を受けた場合は犯罪とされないままである。刑法再改正で不同意性交罪を導入し、女性への暴力軽視の日本社会をどう変えていけるのか、一緒に考えたい。
【プロフィール】専門はジェンダー法学、女性に対する暴力研究。国のDV・性暴力関連委員会や自治体の男女共同参画審議会などに関わる。近著『婦人保護事業から女性支援法へ』(信山社、2020年)、『官製ワーキングプアの女性たち』(岩波書店、2020年)など。