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連続講座⑧ 「母にとっての子 子にとっての母」~脅かされる母と子の環境と関係 講師:横田千代子さん、長沼豊さん

 今回はお2人の講師を迎えた。横田千代子さんは1984年婦人保護施設「いずみ寮」に指導員として就職、99年施設長に就任。2005年から全国婦人保護施設等連絡会会長を務める。また 仲間と“性暴力禁止法をつくろう”ネットワークや「ポルノ被害と性暴力を考える会」を立ち上げ、活動している。売春防止法改正の必要性と、婦人保護事業及び婦人保護施設における母と子の実態を語った。

 長沼豊さんは1975年から2009年まで福祉施設に勤め、83年米国非行少年治療施設研修で妊娠中の胎児薬物曝露に関心を深めた。退職後教育委員会で発達障害の生徒支援。元婦人保護施設理事。「私が出会ったFASDの子どもたち~理解から寄り添う支援への模索」と題して、FASD(胎児性アルコール・スペクトラム Fetal Alcohol Spectrum Disorders)について詳細に解説した。

 

 横田千代子さんは婦人保護事業の根拠法である売春防止法(1956年)の改正がなぜ必要かを初めに説いた。第2章刑事処分、第3章補導処分、第4章保護更生がうたわれているが、処罰が基本でまさに保護された女性は犯罪者扱いされ、おとり捜査もある。また、「要保護女子」「収容」「保護」等の差別的用語が使用されるなど、女性への人権擁護の理念が欠落しており、自立支援や被害者回復支援の文言はない。2章5条(勧誘)違反で処罰された女性たちは、知的障害や精神疾病がある、暴力被害を受けてきたなど、生きづらさを抱えた女性たちが多く、検挙よりも福祉的施策が必要な女性たちである。売春防止法の対象者が主軸だったが、現代社会では様々な困難な状況を抱えた女性たちが増えニーズに対応できていない状況もあり、支援の対象の焦点を広げていかなければならない。

 婦人保護事業は第4章に規定されているもので、婦人相談所、婦人相談員、婦人保護施設を3本柱とし、ともに女性支援のための活動をしてきた。婦人保護施設は全国47か所。「かにた婦人の村」(千葉県館山市)は長期保護施設、慈愛寮(東京都新宿区)は周産期の女性が利用できる唯一の施設で、婦人保護施設は母子分離が原則である。

 調査によると利用者のうち、暴力被害97.9%、知的障害77.1%、性暴力被害68.8%のほか、経済的困難、精神疾患・障害等々で、18歳以上20歳未満が70.8%である。利用者の子ども時代の実態では貧困、虐待、家族機能不全など。幼少期の虐待43.75%では6割が母親からであった。虐待や暴力の中では自分が自分でなくなってしまう、自分の存在さえ汚らわしいと考えてしまい、そこから回復するのは並大抵のことではない。

 利用者の子どもは乳児院や児童養護施設に送られるが、次世代育成支援として母子関係の尊重は婦人保護施設の機能であり、母と子の心を繋げていきたい。しかし1か月に1回の面会では皮膚感覚的な、五感を通した接触は育てられず、子どもの感性や情緒を育てるのは難しい。

 入所者の実例を紹介。それぞれ、両親からの虐待、実父からの性虐待と自分の子への虐待、強度のアルコール依存症で子が胎児性アルコール依存症の3人の女性たちで、15年7か月の入所後退所した1人。退所、自立したのちに自死、病死が各1人だった。

 新しい法律「女性自立支援法」(仮称)の制定に向けて、「女性及び子どもの人権と自己決定を尊重し、自立に向けたエンパワーと切れ目のない支援」を基本理念として活動していくと述べた。

 

 長沼豊さんは2019年9月に開催されたシンポジウムでの報告資料を基に、FASD(胎児性アルコール・スペクトラム)について解説した。1992年横田さんの施設から預かった2歳7か月のA子は、今まで出会ったことのない子どもだった。飛び出す、走り回るなどの多動、すぐカンシャクを起こす、自傷行為、こだわり行為等々で、自閉症か愛着障害かとも思った。医師は脳波異常も認めない、自閉症でもないと言い、児童相談所では「もっと話を聞いてあげなさい」「可愛がりなさい」と担当者の対応のせいにされた。

 87年、アメリカでの非行少年治療施設での研修中に、母親が妊娠中にコカインやアルコールを使用したという子どもに会ったことが、アルコール依存症という問題意識を持つきっかけになった。いずみ寮に連絡した結果、A子の母親が重度のアルコール依存症だとわかった。当時日本では先行研究がほとんどなく、79年の医学雑誌の論文で見つけ、母親のアルコール血中濃度に胎児が曝された結果による胎内症候群であることは分かったが、日常生活でどういうことが起こるかはわかっていなかった。アメリカの知人に相談したところ2冊の本が送られてきた。それがガイドラインとなった。

 顔面に見られる特徴、身体・運動の問題では多くの発達異常が現われる。行動・精神的な問題では激しい感情の起伏、被害妄想・虚言、のぞき・レイプなどの不適切な性化行動がある。知的な問題では学習困難、ルールや因果関係が理解できない・時間の経時的理解ができない等の情報処理の困難がある。一方、視覚・嗅覚・味覚異常と合わせて、メロディを聞いただけでピアノが弾けるという特異な感覚も持つ。

 このように胎児性アルコール障害を追っていくと、現代社会の青少年たちの問題の切り口にもなるかと思うくらい、深刻な問題だと思うと述べた。