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2019連続講座⑩ SDGsと101年目を迎えたILО 講師:田口晶子さん(国際労働機関(ILO)駐日事務所 代表))

 田口晶子さんは労働省婦人局婦人政策課企画官、政策研究大学院大学教授、厚生労働省統計情報部賃金福祉統計課長等を歴任。2015年同省退職、16年よりILO(国際労働機関)駐日事務所代表。

 2019年100周年を迎えたILOの任務と、ILOが提唱しているディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)、持続可能な開発目標(SDGs)、ジェンダー等について述べた。

 

1)ILОについて

 ILОは、第一次世界大戦(1914~18)終結後の1919年に設立された。このような悲惨な戦争はなぜ起こったのか。労働者の多くは非人間的労働条件で働かされており、満足に家族を養う仕事がなければ、このような悲惨な戦争に向かっていってしまう。きちんとした労働条件で皆が働けるようにすることが大事だとして、国際連盟と同時にILОという機関ができた。

 ILОの基本的な任務は、各国に適用してもらうための最低限の労働条件を設定すること。第二次世界大戦後は国際連合の中の労働社会問題を担当する専門機関となり、政府、使用者、労働者代表の三者構成で、開発途上国が加盟国の大半を占めている。国際労働基準の採択に開発協力、積極的パートナーシップもILОの任務に加わったため、開発途上国に対していろいろな支援も行っている。1969年50周年の時にノーベル平和賞を受賞し、2019年創設100周年を迎えた。

 日本は第一次世界大戦では戦勝国だったので、1919年からの原加盟国(1940~51年脱退)になり、国際連盟を脱退(33年)した後もILОには加盟していた。第二次大戦後日本が国際連合に入る(56年)前に再加盟した。23年に東京支局が開設され、現在は事務局長直轄の事務所になり、2003年駐日事務所に改称。日本政府は再加盟後の一時期を除き、創設以来主要産業国の一員として常に常任理事国であり、労使代表も正理事。ILОの日本の分担金は、アメリカ(22%)中国(12%)に次ぐ第3位拠出国(8.568%、37億2214万円)。開発途上国を支援する任意拠出は74年から行っており、2020年拠出額は720万USドル(7.5億円)の予定である。

 

2)ディーセント・ワーク、持続可能な開発目標(SDGs)、100周年

 「働きがいのある人間らしい仕事」とは、自分の尊厳が保たれるとともに人の役にも立つ仕事である。これを実現するための4つの戦略目標は、

①仕事の創出 ②社会的保護の拡充(きちんとした労働条件で安定した収入が満たされることが社会的に保護されていること。それを広げていくこと) ③社会対話の推進と紛争解決(制裁ではなく話し合いによって紛争を解決しようすること。社会対話とは社会的な立場で話をするという「個人的な」に対する言葉でダボス会議も社会対話である)④仕事における基本的人権の保障。この4つの横断的目標として男女平等がある。

 「持続可能な開発目標」の「持続可能」とは、私たちが住んでいるこの地球が、次の世代の人たちにいい状況で引き継がれていくことが必要であるという意味を持ち、統合的目標として「経済的、社会的および環境的側面を包摂し、資源の持続可能な利用や雇用の機会の創出、貧困対策から平等と社会正義の実現などを推進する」と謳われている。2015年国連で採択され、実施期間は16年から30年まで。30年までに6億以上の新たな雇用を創出し、1日2ドル以下で暮らす7億8000万人の人々の生活向上を目指すとする。

 「ILО100周年仕事の世界委員会報告書」によれば、仕事の未来において変化を引き起こす4つの要因として①グローバル化②気候変動③技術の進歩④人口動態がある。②では気候変動が働くことに影響を及ぼしているので、環境にやさしい仕事を考えなくてはならない ③ではAIの進歩で仕事を失う人も得る人もいる ④には日本は少子高齢化で困っている国だが、アフリカ・アジアの一部の国々は子どもが多く生まれ、若年失業という問題が起こっている。

 さらに報告書では各国の議論の結果をまとめた10の提言をあげるが、これは全てのことにおいて1人ひとりを大事にしなければならないという「人間中心のアジェンダ」である。    

報告書と同時に採択された100周年記念宣言には、男女の同一価値労働同一賃金を含めた平等な機会、参画、待遇の保障及び、より均等な家庭内責任の分担などが挙げられている。

 

3)国際労働基準の採択及び適用

 「仕事の世界における暴力とハラスメント条約」が採択された(2019.6)が、現在批准国ゼロである。国際条約は批准によって拘束力を生じるが、批准の有無にかかわらず各国の立法に影響を及ぼし、国内法制に関して指針となり得るものである。国内の法整備は企業に対する拘束力になるため、各国が条約を批准すると企業もその影響を受けることになる。

 中核的労働基準には4分野8条約があり、未批准国も尊重、促進、実現の義務がある。結社の自由及び団体交渉権、強制労働の撤廃、児童労働の効果的な廃止、職業・雇用上の差別撤廃等である。

 

4)ILОとジェンダー

 「男女の賃金格差」に関する条約には、「同一報酬条約」(第100号)、「差別待遇(雇用及び職業)禁止条約(第111号)があり、100号は狭い範囲の禁止であるが、111号はジェンダーに基づく差別の範囲を拡大している。ILОは世界的な賃金の動向や賃金格差を解消するための研究などを行っているが、賃金格差が完全に解消されるには約70年かかるという。

 「暴力とハラスメント」については、「先住民及び種族民条約」(第169号 1989年採択)、「家事労働者条約」(第189号 2011年)、「暴力とハラスメント条約」(第190号 2019年)がある。190号は運動が起こったから採択されたと誤解されることがあるが、以前から採択は準備されていた。運動がこの条約採択の後押しとなったことは否定できず、いろいろな人の協力があって採択に至ったと言える。暴力とハラスメントに特化した条約は初めてであり、暴力とハラスメントは「人権侵害または虐待になり得ること、機会の平等を脅かす許容できないものであり、ディーセント・ワークと相容れないもの」としている。

 この条約は様々なことを広く捉えており、批准国が出てくればどこまで法整備をすればよいかがはっきりしてくる。今後政府や労使の取り組みを注視していきたいと思う。(や)